牛ヶ首島日蓮上人涅槃像彫刻再開計画
再生プロジェクト

香川県直島町。今、現代美術のメッカとなりつつある「ベネッセアートサイト:地中美術館」のある「直島」。その連なる島のひとつに「牛ヶ首島」があります。現在では住む人がありません。ここに、彫り忘れられた巨大な頭部が存在します。

「日蓮上人涅槃像」

牛ヶ首島の日蓮上人涅槃像は、山陽新聞の前身「山陽新報」を創刊した西尾吉太郎氏が計画したものです。西尾氏は日蓮宗の蓮昌寺の檀家であったことから、日蓮の涅槃像を造ろうとしたのだと考えられます。大正時代、大勢の日蓮宗信徒たちの助力のもと作業が進められたそうです。その後、対岸の玉野市在住者により作業が再開されましたが、再度の挑戦も20数年前に頓挫。結局、頭部が彫られたに過ぎません。その頭部も風化が進み、コンクリートの補修も虚しく横たわっています。

この彫刻の再開を山陽新聞事業部が持ちかけてきました。まだ、アイデアの段階に過ぎないと言う前提です。予算は? 完成までの期間は? と言う問いから始まりました。

私は昨年から「佛千躰」というプロジェクトを始めました。ささやかな個人の仕事です。しかし、「牛ヶ首涅槃」の再燃。私の本当に探し求めていた仕事は「これだ!」と直感しました。私がこの島を初めて訪れたのは6年前の夏。この作業を再開できるのは私しかないとの自負を抱きましたが、このときは自らの気持ちが作仏には向かっていませんでした。始めて仏像を製作したのは翌年の2000年「清泰院」。これは偶然の出会いからでした。直島との関係が深まりだしたのは、2001年の「直島家プロジェクト:きんざ(内藤礼作)」の製作をお手伝いしてから。2002年には「護王神社」の製作に携わります。そこで出来た人間関係、そして1994年から1998年まで足かけ4年に渡って製作した「最上稲荷本殿裏岩盤彫刻『生命の連環』」の経験。これらが初めて線になって繋がったと実感したのです。これは私のやるべき仕事だ!というわけです。

さて、なぜ今「日蓮」なのか・・・?いろいろな解釈は出来るでしょうが、それはこの際重要なことではないと考えます。発端が「日蓮上人」だったから。それより重要なことは、彫刻の再開が今どんな意味を持つのかではないか。かつての作仏がどのような祈願のもとに作られてきたか。大仏級の国家事業は飢饉や災害への祈祷。野や辻の野仏は地域住民によるささやかではあれど切実な祈りから。私はどちらも切迫した社会(時代?)からの人々の救済が大きな目的だったと感じています。さて、今の時代はどうか?昨年1年をとっても度重なる災害。理不尽な殺人事件。詐欺事件。上向かない経済や危機的外交問題。戦争。不安は山積みしています。雇用不振や少子化問題。近い未来には希望が見いだせません。そんな大きなストレスの中で人々は懸命に活きています。

例えば兵庫県加西市の北条石仏。柱状の石材にプリミティブな彫刻を施した五百羅漢と思われる彫刻群は明らかに玄人の仕事ではなく、そこに住む人々が何かの祈りを込めて制作したものに違いありません。牛ヶ首島の現場の近くに完成予想図とも言える小さな彫刻が彫りつけられている岩があります。これです。島に存在する岩に仏様を彫りに訪れる。それは現在再認識されている四国八十八カ所お遍路巡りや熊野古道の散策に繋がる行為になるのではないか。岸壁の岩に彫られた小涅槃像

人を受け入れるにはそれなりの施設が必要です。島にはかつて住人がいました。民家も数件残っています(廃屋化していますが)。そして、小学校の分校が、通う児童もないまま立っています。電気も水道もかつては使われていたわけです。これらを有効に活用して、簡易宿泊所を作る。食料は持参の上自炊。寝具はシュラフ。仏像は彫ろうが彫るまいが島での時間を自らが過ごす。日常社会のいかなる制約からも解放されて。(2月3日の踏査で学校は倒壊している事を確認。)

その中心が巨大な涅槃像。

それから桜の植樹。対岸の岡山県玉野市田井からの眺望が、春には桜色に染まります。(植樹については腹案あり)

ここはかつては信仰の島だったとも聞きます。これからは「再生の島」。そこを訪れることにより自らを取り戻し、その一人一人が人類の再興に力を注げる活力を回復する。

そんな島への発展が目標です。 まずは藪に閉ざされた道から開きます。          (2005/1/20)

 

参考資料:山陽新聞社 1999年5月11日朝刊社会面

     120周年記念特集「西尾吉太郎物語」より    牛ヶ首島地図:山陽新聞記事より

桜の植樹に関する考察

 になるとに染まる島が瀬戸内に浮かぶ様を想像すると、心が浮き立ちます。夢のような光景になることでしょう。その桜は、個人の出資者を募ります。名目は「樹木葬」です。西行が自らの最後を望んだように、日本人がもっとも季節を感じ、自らを重ねる様に愛する。涅槃像とともに風光明媚な瀬戸内海の島に樹木のもとで眠りにつく・・・。

都市部では墓地不足の上販売価格も高く、墓地を作ることも個人にとっては事業のようになってきています。墓石を望まない人も増えてきています。墓参はピクニック気分で島に渡る。そして1日島でのんびり過ごし日常を離れる。滞在が可能なら仏像彫刻にトライしてもまた良し。

管理は年会費制で地元の青年会に委託。青年会の活動費の足しにもなります。        (2005/1/28)

 

2005年2月3日 牛ヶ首島探訪

現在、実施に向けどの程度の予算が必要かを算定中です。

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