2月3日
牛ヶ首島探訪。(写真をクリックすると拡大します)
大前回漕店の大前裕氏と牛ヶ首島に渡ってきた。大前氏の自前の船。朝9時宇野港出航。牛ヶ首島は近い。
船着き場にて、唯一の島生活者浜口善次郎さんと出会う。おそらく70才前後か?
海岸沿いの堤防が崩壊している。昨年の台風の被害だろう。
西尾氏の別荘跡を抜け、浜口氏宅の脇を通り涅槃像に向かう。美しい道。幾本かの桜も植わっている。西の浜からの道と合流する地点。左手には民宿。右手には「最上位稲荷神社」そして「天満宮」が並ぶ。天満宮には御輿が安置されている。かつてはこの小さな島にも御輿が繰り出されていたのだろう。
しばしそこで時間を過ごし、神社脇の道を北に上る。東に方向を変えながら登りそして下り、少し登り返したところで海が見える広い石の上に出る。美しい空間。
かつてお堂があったところだろうか?新しい松が生えている。黒松は直島町の町木だが、本当に自生力が強く、アメリカではパイオニアツリーと言われている。この辺りはかつての造仏作業中に火災を起こして燃えたと聞いているが、立派に蘇生している。黒松にシダの下草。典型的な瀬戸内の植生だ。そこから石を刻んだ入り口に導かれ件の「日蓮上人涅槃像」の頭の上にでる。おもしろいのは頬の上、鼻と耳の間に1.2メートルほどの縮小涅槃が彫ってある。どういう意図なのかよく分からないが・・。
頭の前面に出る前に、そのまま尾根を北に進むと、「南無妙法蓮華経」と彫られた法塔が二つ。そして、2メートルほどの涅槃像が横たわる。ここには幟を掲げるための柱が立ち、かつてはここを詣る人も多かったそうだ。涅槃像が彫られた大石の周りを回る道が藪に閉ざされていたが、無理矢理抜けると西側の低いところに祠が彫られ、60センチほどの涅槃像が安置されているのを見つけた。この涅槃像の石は笠岡周りでとれる白御影と見受けられた。足下はきちんと石が積まれている。おそらく松下氏の仕事だろう。
大涅槃の所に帰る前に、新たな石像を見つけた。「小野日祥上人行跡」と書かれた碑と釈迦の座像。この像は転法輪印(てんほうりんいん:釈迦如来がつくる印で、お釈迦様の教えが車の輪のように早く広がることを表す。)を結んでいる様に見える。高さ60センチ、巾22センチほどの小さな表現のなかに飛天が飛んでいたりして、日本の造作には見えない。おそらく東南アジアからの持ち帰り品か?
途中から海側(西)方向にかすかな道のあとを見つけ、下ってみることにする。幾段かの石段があり、明らかにかつては道であった形跡。現在はシダに被われているが強引に下ってみる。かき分けかき分けやっとの思いで下るとシダがとぎれたあたりに井戸を発見。ここから清水を汲み上げたであるろうパイプも見て取れる。そまま藪を突っ切ると海岸に出た。目の前は田井港。
新たなものを発見した。自然の石の表出とはちがうガラ石が転がっている。山側に目を転じると明らかに切削くずを捨てたと思われる表土が現れている。ここまで山を削って出た石を運んで廃棄したと思われる。しかしどうやって?これはおそらく大正期の仕事。人力で降ろしたのであろう。今下ってきた獣道とは違った道があったのだろうと推測される。
もう一度現場まで登り直し、今度は顔の正面から涅槃像を見る。顎から天頂まで12メートル、顔の巾は5.7メートル。確かに大きい。しかし、この頭部を彫るだけならしれた時間だろう(僕は3年で彫れるとふんだ)。しかし実際に彫刻にかかるまでの苦労が偲ばれる。掘り出されているガラの量は半端ではない。
多くの石は直方体にきちんと製材されているように見える。せり矢(石を割る為の鉄のくさびのような物)で割ってある。きっと何か意図があったはず。その石を積み上げるか延べるかして何かを作ろうとしていたのだろう。
この現場には古いコンプレッサー小屋がある。もちろん朽ち果ててはいるが、大きなコンプレッサーを据え、配管までしてある。おそらく総重量1トンはあるであろうこの設備をどのようにして運び上げたのであろうか。探索した道は全て獣道。その上起伏も多い。とても重量物を搬入できたとは思えない。どこかに今は消滅した広い道があるはずだ。(帰宅後のインターネット検索で昭和55年の航空写真を発見。谷に道らしき影を見出した。)
現場は思いのほか狭い。彫刻の規模に比べると前庭にあたる部分が不安定きわまりない。きちんとした状況を作らず進めるところが今時の工事と違い、如何にも個人事業の延長と言った感。これは僕の得意分野でもある。まずは作業ありき。ハード主体の体制的なやり方とは違う。意志があれば進められる。
今回の探索で多くのことが解った。まず必要なのは機材を搬入するための道を開くこと。それも最短距離で。頭部の状態は悪く、この続きを彫ることは難しいと思われるが、その胴体にあたる部分の石はしっかりしている。ほぼ35メートル。ここは充分彫刻可能。その場合、現在彫られている頭部はどうするか?先人の行為を無為にはできない。
それから、キャンバスを作ることが先決で、岩の状態を把握してからどのように進めていくか判断したい。そのためにも海岸線から道を開くことが必要。何とかパワーショベルを入れて、現場の石を整理しなければいけない。新しいコンプレッサーも必要。
9時過ぎから上陸した牛ヶ首島。気がつくと午後1時になっていた。この自然に溢れ、美しい景色に囲まれた瀬戸内の島で、作品づくりに邁進できたらどんなに幸せだろう。立ちはだかる壁は高い。少しずつ先に進むしかない。
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